言語哲学大全2つづく
- 作者: 飯田隆
- 出版社/メーカー: 勁草書房
- 発売日: 1989/10/30
- メディア: 単行本
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第二章 規約による真理
この章もやはりつらいところがおおいんだが、ざっくりまとめると、問題のありかは次のようなかんじ。
- すべての真理は規約に還元できるか?そんでもちっと区切って、二つの問いが問われるべき問いなわけだ。
- Q1:数学的真理は規約で説明できるのか?
- Q2:論理的真理は規約で説明できるのか?
んで、これにたいする回答を細かくみていくと、ついていけないんで(笑)、ざっくり振り返ると、
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- A1:無限的構造について、規約は説明できない。さらに、規約でないところに規約の意義があったりもする
「規約による真理」という考え方は、規約はわれわれがそう決めたから真なのだということに尽きるのであって、規約の真理性をわれわれとは独立の何らかの事実に基づけようとするものではない。規約に関して唯一問題となるのは、個々の規約に関して、それを採用することにわれわれが意義を認める必要がどこにあるのか、だけである。そして、多くの場合、規約の意義は、われわれが恣意的に取り決めることができないような事実に依存している。(149)
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- A2:一般命題から個別的命題を推測するとき、論理が必要となってしまう。
クワイン曰く「一言で言えば、困難はこうである。論理が規約を介して進行するものであるとするならば、規約から論理を引き出すために論理が必要となるのである。」(164)
- ここからの出口は二つあるらしい。
- ひとつは、クワインがたどった道。→第三章へ
- もうひとつは、根元的規約主義の立場。
これは、一般ー個別的な推論によって、真理であることを検証するのではなくて、「この立場では、規約が帰結をもつとしても、そうした帰結が規約から出て来ることは、そのたびごとに、新たな規約を採用することによって決められる。」(169)と考えるよ。
さて、とりあえず、まとめてみたけども、規約というもののレベルがどんくらいあるのか、っていうのがイメージとしてつかみ取れなかった。ここでは、数学・論理っていう規約にとってのラスボスしか出てこなかったわけだけど、それこそ日常的な規約や法・経済のレベルでの規約のはなしも読みたかったりして。まあ、法の方面では、評判の良い『法解釈の言語哲学―クリプキから根元的規約主義へ』かなぁ。